TOGETTERをば、読みました。常々、自分自身が考えていた事と一緒です。

まず、日本に生まれついた事、これだけでかなりラッキーです。全世界で見れば、日本はかなり裕福な部類です、しかも中国や独裁国と違って相当自由です。インターネットも制限されません、〇本太〇が嫌い、山〇〇郎はおかしいとブログに書いても、逮捕されたりしません。

まあ、それはさておき、私は中くらいの家庭に育ち、それなりの教育を受け、上場企業で働いています。

嫁は1人ですが子供は3人います。親も嫁も子も普通です。(ま、普通の定義はさておき)

今、振り返ってみてもそれほどトラブル無く、過ごして来ました。

やはり、これは幸運だったとしか考えようがありません。一方、給料が安いだの待遇が良くないだの、愚痴(真実?)はあります。

努力はしてきたかと問われれば、微妙です。仕事も自分に合った仕事で、苦労はしてないと思います、と、言うかCADやCAM関係は苦しいと思った事は、あまり思い当たりません。

忘れっぽいのもあるんでしょうね。

だから、努力したから今の自分があると、言い切れる人は素直に凄いなぁと思います。

そもそも努力の意味が良く分かりません。スポーツなんかは、割と単純でしょうけど。

反復練習を繰り返して、出来ない事が出来る様になる。ある一定のレベルまでは、その繰り返しでいいと思いますが、壁を越えるには何かが必要になります。

反復練習をただただ、繰り返す事が努力に繋がるんでしょうか?良く解りません。

努力がいらないとは、思っていませんが、努力だけでどうにかなるとも思っていません。

今、私が過不足無く生きていられるのも、運が良かったと考えておいた方が良さそうです。

東日本大震災は、色々な事を考えさえられました。為末さんも言った様に、3月11日地震が起きるまで、真面目に生きてきたであろう、1万5千人を越える方が無くなりました。

真面目に普通に、悪いこともせず地道に生きてきた人達が、突然の災害で亡くなりました。

この世は不条理に満ち満ちています。運という考え方も人が考え出したもので、どんな出来事も、ただの事象に過ぎません。努力してこようが、自堕落に生きてこようが、貧乏な人も、お金持ちの人も、子供も老人も関係ありません。ある意味、死や災害は平等です。

努力は必要ですが、努力出来る環境がそもそも幸運なんでしょうね。今は、貧困に喘ぐ方達を、努力不足だと言えません。若い頃は傲慢でしたから、そう思って生きてきた時期もありました。自分の幸運に気が付かないんですね。

でも、幸運なんて手の上で転がされている玉の様なもので、手のひらからいつこぼれ落ちてしまうかなんて、予測が付きません。

真面目に地道に生きてきても、明日何が起こるかなんて誰にも解りません。

だからと言って、刹那的に生きる事は小心者なので出来ません。真面目に地道に生きて行った方が、高確率でトラブルが少ない人生が送れるといったところでしょうか。

 

ブログも努力して、書いた方がいいんでしょうかねぇ?

合わせて読みたい、「日本の「芸能人」たちに絶望的に欠けているもの」、確かに実力社会ですし、色々あるんでしょうし、金銭感覚も違うんで勘違いする人も多そうな気はしますが。