妙法蓮華経普賢菩薩勧発品第二十八には、


   「もしもあるひとが、このひとを軽んじ、そしって、『なんじは狂人にほかならない。むなしくこの行をなして、ついに何も得るところはないであろう』というならば、このようにいった罪の報いを受けて、まさに代々盲目となるであろう。反対に、もしもこれを供養し、ほめたたえるものがあるならば、そのものは、まさに今の世において、現実に果報を得ているであろう。もしもまた、この経を受持するもの(南無妙法蓮華経を唱えるもの)を見て、そのものの過失や悪を暴露したならば、そのことがもしくは事実であるにせよ、もしくは事実でないにせよ、このものは現在の世に白癩(びゃくらい)を得るであろう。またもしもこれを転じて笑うならば、そのものはまさに代々歯がすいて欠け、醜い唇と低い鼻とをもち、手や脚はもつれてまがり、眼はすがめとなって、身体は臭くきたなく、悪いできものができて、そこに膿や血がかたまり腹水病や短気、多くの悪い重病となるであろう。

   このゆえに、普賢よ、もしもこの経典を受持するもの(南無妙法蓮華経を唱えるもの)を見たならば、必ずまさに起ちあがって、遠くまで出迎えるべきことは、まさに仏を敬うごとくにすべきである。」(「法華経現代語訳(下巻)三枝充悳(訳)第三文明社」)と説かれております。